「達人伝」感想(第190話・蒙氏一族)

「達人伝」感想(第190話・蒙氏一族)

蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。

今回は「第190話・蒙氏一族」です!

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<荘丹vs秦軍総帥・蒙驁〜漫画アクション2022/4/5発売号「達人伝」より〜>

【目次】

達人伝〜蒙驁討死〜 

荘丹に斬り付けられ,馬上から飛び落ちる秦軍総帥・蒙驁(もうごう)。

荘丹は通常モードに戻っており,蒙驁はドジャッと音を立てて地面に落ちます。

「敵の戦意を奪い取り全軍に号令願います!」と連合軍総司令官・龐煖(ほうけん)を促す荘丹。

龐煖は,「秦の総帥蒙驁を討ち取ったーっ!」「函谷関に次ぎ潼関を攻め抜く!」「然るのちに狙い定めるは 史上に例なき秦都侵攻!!」「全軍全速前進!」と檄を飛ばします。

函谷関へ撤退しながら,動揺が走る秦軍。

喚声を上げ,秦軍を追撃する連合軍。

 

いやはや,荘丹が蒙驁を討ち取ってしまいました。

と言っても,この後すぐ,蒙驁が絶命していないことは明らかになるのですが,勝負に関しては完全に荘丹の勝ち。

秦軍は先に麃公を失い,さらに大黒柱の蒙驁まで失っては,潰走するほかないのではないでしょうか?

龐煖の宣言どおり,連合軍の勢いはいやまし,秦都侵攻が現実味を帯びてきます。

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<斬撃を受け吹き飛ぶ蒙驁〜漫画アクション2022/4/5発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜蒙驁覚醒〜 

気絶から目を覚ました蒙驁。

部下は,戦況が落ち着いて治療のできる場所へ移動するまで動かないよう伝えますが,「ここで私が 戦場を離れるわけにはいかぬ」と起き上がろうとします。

 

蒙驁は続けます。

「私は戦い続けねばならぬ」「秦の戦場に立ち続けねばならぬのだ!」

祖国・斉を捨て,秦という国を選んだ蒙驁は,一族が末末までもその生を全うできるよう,礎を築かねばならないと考えています。

 

武よ!恬よ!毅よ!

わが一族よ!

この翌年,蒙驁は戦場において死ぬ,と記されています。

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<不屈の蒙驁〜漫画アクション2022/4/5発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜蒙氏一族〜

蒙驁の子・蒙武(もうぶ)は,将軍王翦(おうせん)の副将どまりで終わったものの,孫の蒙恬(もうてん)と蒙毅(もうき)は戦闘と内政の双方で才腕をふるい,始皇帝に重用されます。

しかし,ふたりの声望が秦で無比の高みに上りつめていたため,始皇帝の死後,時の権力者・趙高に恐れられ,蒙氏一族は皆殺しにされた,とあります。

 

これは,深く考えさせられる話です。

蒙驁が一族の行く末を案じたのは,人として当然のことであり,種の存続・繁栄を願う生物の本能でしょう。

しかし,なまじその子孫が優秀であったため,嫉妬と恐怖から皆殺しの憂き目にあったとなれば,歴史の皮肉を感じざるを得ず,ではどうすれば一族が滅亡せずに済んだのか?と考えたくなります。

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<最後まで戦い続けた蒙驁〜漫画アクション2022/4/5発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜真田一族〜

明日をも知れぬ戦乱の世で,一族の命を見事に繋いだ例として思い浮かぶのは,真田一族です。

信州の小豪族であった真田氏は,一族滅亡を避けるため,その時々で,あえて一族が敵味方に分かれる戦略を採用。

一族郎党が片方に肩入れして負けたら,一族が滅亡するためです。

 

たとえば,関ヶ原の戦いでは,幸村と父・昌幸は西軍,幸村の兄・信之は東軍,大坂の陣では,幸村は豊臣側,信之は徳川側につきました。

大坂の陣はまず勝負の帰趨は見えていましたが,関ヶ原の戦いは,両軍の陣立てを見たドイツの軍事家クレメンス・メッケルが「この布陣なら,西軍の勝利」と言ったエピソードもあるほど,どちらが勝っても不思議ではない戦でした。

 

「一族を敵味方に分かれさせて,存続を図る」と,言葉で言うのは簡単。

が,現実には身を引き裂かれるような苦しみがあり,いっそのこと,一族全員でどちらかに全賭けした方が,精神的には楽だったのではないでしょうか?

そのようなギャンブルをよしとせず,あくまで冷静に,クレバーな対応を続けた真田一族の対応は,驚異的というほかありません。

 

ちなみに,大坂夏の陣で,敗色濃厚な豊臣側についた真田幸村も,ただでは滅びません。

幸村は,伊達政宗軍の「鬼の小十郎」こと片倉小十郎重綱と対戦。

伊達の騎馬鉄砲隊は有名で,片倉小十郎は大坂方の猛将・後藤又兵衛を討ち取っていました。

片倉と激闘を繰り広げた幸村はその武勇に惚れ込み,ひそかに自身の娘・阿梅(12)と息子・大八(4)を託します。

 

その後,幸村は戦死。

片倉は幸村の期待に応え,危険を犯しながら幸村の子供たちを徳川幕府の詮索からかくまい続けます。

そして,大坂の陣から約100年後,大八の息子が「真田家」を名乗り,復活。

令和の現在も,片倉の居城(白石城)のあった宮城県白石市近辺に「仙台真田氏」は存続しており,真田の血脈は見事に受け継がれています。

あっぱれ,真田一族!

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<蒙氏一族〜漫画アクション2022/4/5発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜偶有性と多様性〜

さて,蒙氏一族はどうすれば滅亡を避けられたのでしょうか?

真田氏の例は,どちらが勝つかわからない拮抗する勢力間での生存戦略

これを,そのまま蒙氏一族に当てはめるのは難しいでしょう。

たとえば,蒙氏一族の何人かを対立する趙高などの宦官側に送り込んでいれば,皆殺しを回避できたかもしれません。

しかし,そんなことは,歴史の結果を知っている者の「後知恵」に過ぎません。

 

ただ,ここで考えたいのは,一族の存続と繁栄を考えた場合,子孫が同じ属性に集中するのはリスクがあるということ。

アリやハチなど生き物の世界においては時々見られる現象ですが,まじめな働きアリや働きバチは,平時は貴重な戦力として役立つものの,大きな変化が起きた際には,一気に全滅する可能性があります。

そのような非常時に役立つのは,ふだんはあまり働かず,なまけていたりするイレギュラーな存在だったりします。

これは,ある意味で当たり前。

生き物は,その能力を進化あるいは退化させることで,環境への適応を図るものであり,環境そのものが変化したら,変化前の環境に最適化していた個体は,新たな環境へすぐに適応できるわけがありません。

 

これを蒙氏一族の例になぞらえるならば,一族全員が時の政権で権力を振るう「紳士」として出世・活躍することにこだわらず,たとえば権力とは距離を置く自由な存在の「流氓(りゅうぼう)」として生きる道などを許容したなら,あるいは一族滅亡を避けることができたかもしれません。

 

これはおそらく,一族に限らず,あらゆる組織の興亡においてもいえること。

世界は偶有性に満ちており,変化の激しい時代こそ均一化,同質化を避け,多様な人材や価値観を尊重することが,時代の潮流に対応して生き残る鍵となるのではないでしょうか。

達人伝〜王翦vs李牧〜

場面は変わり,湖関(こかん)方面。
連合軍を追う秦将・王翦(おうせん)。
隘路に入る際を狙い,連合軍最後尾の3人が同時に騎射して,秦軍を次々と倒します。
 
再び,3人の一斉騎射の後,ひときわ鋭い矢が王翦の左肩に命中。
弓の名手・李牧の矢。
さらに間髪をいれず,正確無比な3人の射手が今度は王翦のみを狙い,王翦は馬首を立てて盾とすることで,これを回避。
射抜かれた馬を捨て,徒歩となった王翦に迫る李牧。
王翦は,なんと姿勢を低くして体を丸め,肩で馬に体当たりすることで李牧の斬撃を防御。
「この秦将 並はずれて体が強い!」と驚く李牧。
「剣でやり合わない方がいい」と,再び騎射を命じます。
 
いや,この王翦と李牧の戦いは面白いですね。
早く連合軍に追いついて攻撃したい王翦にとって,最後尾からの騎射はうっとうしくて仕方がない存在。
しかも,避けようがない隘路において,正確無比の一斉騎射をされたのでは,状況的に詰んでいます。
が,臨機応変の対応で,しぶとく、あきらめずに追う王翦
 
その王翦を支える強さのひとつが,体の強さ。
これ,よく理解できます。
史実ではこの後,王翦は秦を代表する将軍として長く活躍します。
軍人が活躍する条件は様々あるでしょうが,その必要条件のひとつは「体の強さ」でしょう。
暑さ,寒さ,雨,風,雪,虫などにさらされ,睡眠も食事も休憩も十分に取れない不安定かつ不衛生でストレスフルな戦場。
そこで生き残るには,「生まれついての体の強さ」が必須。
 
具体的に言うと,「骨格」と「内臓」の強さではないでしょうか?
いわゆる骨太の頑丈な「骨格」で,なんでもモリモリ食べて筋肉がつきやすく,あまりお腹をこわすこともないような「内臓」を持つ人って,いますよね。
私など,どちらかといえば骨細で胃腸も弱い方ですが,たいした運動もしていないのに肩幅が広く首も太くガッチリとした筋肉質の友人や,「ほぼほぼ,下痢をした記憶がない」と鉄の胃腸を誇る友人もいます(笑)
 
筋肉は,後天的に鍛えることはできますが,「骨格」と「内臓」は先天的な要素がかなり大きく,王翦がこれに人並はずれて恵まれていたのではないかと言われると,なるほど!と大いに納得です。
しかし,言われないと気づかないものであり,目から鱗でした。
 
そういえば,春秋戦国時代の伝説の将・廉頗(れんぱ)も,老将となってからも米一斗(米10升=15キロ!?),肉十斤(2〜5キロ!?)ほど食べ,重い鎧を身につけて俊敏に馬に乗ったといいます。
まあ,中国は白髪三千丈(=9キロ)など盛りまくる文化なので,実際は10分の1くらいとしても,米1.5キロ(=10合),肉200〜500グラム。
鎧の重さも,10〜20キロはあったのでないでしょうか。
やはり,廉頗も,骨格や内臓が人並はずれて強かったのでしょう。

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<李牧の馬に体当たりをする王翦漫画アクション2022/4/5発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜追撃の王翦

馬を射られて徒歩となり,頭髪を結ぶ布を李牧に斬られても戦意を失わず,「追撃だ!」「馬をひけい!」と叫ぶ王翦

李牧は,「王翦か…若い将だが戦う度に武も将器も積み増すことができている様子」「成長の早い将は早く殺しておくべきだ」と,王翦を殺す決意をします。

王翦はざんばら髪となり,「相当引き離されたか…」「李牧め」と射られた矢を左肩から抜きながら追撃。

そこへ,断崖上から矢の雨が降り注ぎます。

 

さらに,一騎だけ姿を現し,追いつけるものなら追いついてみろとばかりに,王翦へ矢を射掛けて挑発する李牧。

頭から射抜かれる秦軍兵士。

「あいつにとって 秦の地は初めてのはず」

「にもかかわらず 先の隘路といい この断崖といい まるでこの地形を熟知しているかのように 地の利を操り 秦の者をあざ笑うがように!」と怒りながら追撃する王翦

 

隘路の曲がり角を抜けた瞬間,李牧の矢が王翦の頭をガシュンとかすめ,連合軍が湖関とおぼしき関所へ突入しているところで,第190話は終わります。

いや,このアングル,この描き方はハッとさせられて,エグいですね!

王翦,大丈夫でしょうか!?

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<李牧の矢を受ける王翦漫画アクション2022/4/5発売号「達人伝」より〜>

 

李牧の地の利を生かした用兵と,スナイパーのような弓矢はヤバい。

なぜ,趙の将である李牧が,敵地である秦の隘路や断崖の地形を熟知しているかのように行動できるのでしょうか。

地形を観察し,即座に戦術を立てる才能が李牧に備わっているため?

何らかの方法で事前に地形情報を入手していたため?

今のところ,理由は謎です。

 

そして,李牧の弓矢は,本当に脅威。

戦いでベストなのは,打たせずに打つこと。

つまり,相手の攻撃は届かないが,自分の攻撃は届くという状態が理想。

これは弓矢だろうが,ボクシングだろうが,核ミサイルだろうが変わらない戦いの基本原理のひとつで,距離を支配する者が勝負を支配します。

 

作者のゴンタ先生は弓矢が好きと思われ,「蒼天航路」でも弓矢の印象的な戦闘シーンがあります。

とりわけ私が好きなのは,魏の夏侯淵(かこうえん)が,劉備張飛馬超に一斉騎射する場面(コミック32巻「その360 煌めく軌跡」)。

夏侯淵は,弓を水平に寝かせ,握った左手の拳のくぼみに3本の矢を添え,ギリギリと引き絞って一斉に発射。

矢は同時に劉備張飛馬超に向かい,張飛馬超劉備に来た矢を払い,自らは少々傷を負います。

 

夏侯淵,控えめに言って神。

最低でも神技。

いや,現実にこのような技は無理として(たぶん無理でしょう),この3本一斉発射という発想と,正面からのアングルを描き切ったゴンタ先生が神。

完全に,心を射抜かれました(笑)

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<夏侯淵〜「蒼天航路」コミック32巻「その360 煌めく軌跡」より〜>

 

さあ,李牧vs王翦の行方はどうなるのでしょうか?

李牧も,夏侯淵並みの神技を披露したりするのでしょうか?

次回をお楽しみに!!

 

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