「達人伝」感想(第192話・無人の関)
「蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。
今回は「第192話・無人の関」です。
<楚将・項燕(こうえん)〜漫画アクション2022/6/7発売号「達人伝」より〜>
【目次】
達人伝〜春申君救出〜
春申君を生け捕り,動くなと項燕に言う秦将・黄壁(こうへき)。
しかし,春申君は「否!わが命はわが掌中にのみある!」
続けて,春申君 黄歇(こうあつ)の天命は,この一戦にて尽くし切ると宣言。
黄壁は,春申君の口舌は何もかもが詐術であり,思うままにはさせないと言います。
と,そこへ項燕が突入。
黄壁と楊端和を蹴散らし,春申君を救出します。
「大楚(タアチュウ)!」
声高らかに宣言する春申君。
全軍,寿陵(じゅりょう)へ向けて進撃開始。
「大楚(タアチュウ)」と大呼し,勢いのついた楚軍は秦軍を突破。
助かったと謝意を表する春申君。
項燕は,敵の追手が現れず,しかも嶢関(ぎょうかん)が無人だったため訝しいと感じ,こちらへ抜けてきたと答えます。
<最後の戦国四君・春申君〜漫画アクション2022/6/7発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜春申君の覚悟〜
春申君の覚悟は,さすがの一言。
「完璧」の由来となった趙の藺相如(りんしょうじょ)のエピソードを思い出します。
天下に轟く趙の国宝「和氏の璧(かしのへき)」という玉(ぎょく)の評判を聞き,15の城との交換を持ちかけた秦王。
藺相如は,秦王は実際に城を渡す気はないと看破。
「じつはその玉には傷がある」と言って秦王の手から取り上げ,「城を渡す気がないなら,この玉と頭を柱に撃ちつけ,粉々にしてやる!」と大激怒(「怒髪天を突く」の由来)。
気迫に驚いた秦王が説得に努めている間,藺相如は玉をこっそり趙へ持ち帰らせます。
秦王が藺相如を殺しても,玉は手に入らない。
ここは趙に恩を売っておこうということで,藺相如は玉を守り切った上で無事帰国できたという話です。
この「完璧」と,さらに激しい藺相如と秦王の「澠池(べんち)の会」のエピソードが,達人伝コミック9巻,第49話「完璧の使者」に描かれています。
興味のある方は,ぜひ。
「覚悟」といえば,伊達政宗の父・伊達輝宗のエピソードも壮絶です。
伊達家に降伏した二本松城主・畠山義継が,何を血迷ったのか挨拶に来た輝宗を拉致(輝宗は,既に家督を政宗に譲っていて引退の身)。
政宗は不在で,家臣たちは何とか傷つけずに輝宗を取り戻そうと追跡。
あと少しで二本松領という地に至り,このま捕虜として敵地に入っては政宗を迷わせると判断した輝宗は「自分を撃て!」
主君の父の命に逡巡しながら,伊達勢は一斉射撃。
その結果,畠山義継,伊達輝宗はじめ二本松勢は全員死亡。
鷹狩り中だった政宗が現場に駆けつけたのは,すべてが終わった後。
輝宗,享年42歳。
子に迷惑をかけまいという,戦国時代の父の凄まじい「覚悟」です。
<春申君〜漫画アクション2022/6/7発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜湖関の王翦〜
場面は変わり,湖関(こかん)の秦将・王翦(おうせん)。
戦った形跡がまるでなく,衛兵が配備されていなかった様子から,最強の国に関所はいらないという秦王の考えを推察。
難なく湖関を抜いた李牧は,間違いなく櫟陽(れきよう)に兵を進めたはず。
間道を使えば,まだ侵攻を阻むことができると考えます。
李牧に射られた頭の傷が痛む王翦。
包帯姿の王翦さん,セクシーですね(笑)
「目病み女に風邪ひき男」という言葉があります。
目を患っている女はその潤んだ目つきが男心をくすぐり,風邪ひきの男はその鼻にかかった声が女心をくすぐるという意味です。
江戸時代のいわゆる「萌え」「セクシー」を表現した,言い得て妙なことわざです。
アメリカのR&B女性グループ・TLCの「Crazy Sexy Cool」というアルバムがあります。
この「クレイジー」「セクシー」「クール」の要素分類は,極めて秀逸と思いませんか?
「クレイジー」とは情熱,「クール」とは冷静さ。
クレイジーな情熱と,クールに振り返る冷静さがないと,何事も成功はおぼつかないでしょう。
そして,「クレイジー」「クール」があれば,おおよそのことはうまくいくと思えますが,意外と見落としがちで重要なのが「セクシー」。
セクシー=性的魅力をイメージしますが,粋(いき),洒脱,エモさ,萌え,センスなどの「数値化や言語化が難しい感覚」といってもいいかもしれません。
ここでは,それぞれの言葉の差異はさておき「セクシー」に統一しますが,「セクシー」こそ,意外なところで事の成否を分ける魅力であり,あるいは,コンピューターやAIには代替できない人間に残された「最後のフロンティア」ではないでしょうか。
たとえば,この王翦の絵を見て,AIがセクシーさを感知したり,「セクシーさ80%」といった数値化や定量化は困難でしょう。
王欣太先生の絵には,しばしばドキッとするセクシーさを感じます。
達人伝の登場人物だと,女性では朱姫や盗跖姉さん,男性では盗跖(8代目)や李牧が色気ありあり。
反対に,絵はとても上手だけど,グッとくるエモさを感じない漫画や,目鼻立ちの整った綺麗な顔立ちだけど,どこかお人形さんのようで現実感が感じられない,すなわち血の通った魅力が感じられない美人やイケメンも,たくさんいます。
この差って,何なのでしょう?
かくいう私自身,セクシーとは無縁の人間です。
セクシーは,どうやったら身につけられるのでしょう?(笑)
<秦将・王翦〜漫画アクション2022/6/7発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜潼関の荘丹〜
潼関(どうかん)の荘丹(そうたん)と無名(ウーミン)。
函谷関に続き,潼関も無人。
秦の罠か,計略か。引き込んで迎え撃つ腹か。
いずれにせよ,いよいよ虎狼の腹の中に入る覚悟を決めます。
達人伝〜秦都動揺〜
場面は変わり,秦都・咸陽(かんよう)。
10数万の連合軍が侵攻。総司令官は趙の龐煖。
さらに,李牧,廉頗,春申君,項燕が参戦。
函谷関,潼関,湖関,寿陵の各方面から秦都・咸陽に迫るとの知らせに,動揺する家臣たち。
余裕の表情で,その様子を楽しむ秦王。
宰相・呂不韋(りょふい)は,軍の参謀長官・李斯(りし)を詰問。
王命によりすべての関を無人にしたこと,秦王自ら指揮を執ること,秦軍総帥・蒙驁(もうごう)が討たれたことを知り,呂不韋は驚愕します。
達人伝〜時勢を奪う時〜
呂不韋はどうしているのだろう,と話す荘丹と無名。
今までよりずっと汚い謀略を操る秦から,呂不韋の臭いがしてこない。
呂不韋は根っからの商売人であり,人を騙すようなことをしていたら,商売は長く続けられない。
鮮やかに宰相まで上りつめたのに,秦王に牛耳られてしまったのだろうか。
昔,占いのじいさんが,冷たくて青い蛇が虎狼の体に入ってはらませ,とんでもないものが産まれると予言していたのが,やはり秦王・嬴政(えいせい)だったのか。
荘丹と無名は,先行して偵察していた庖丁(ほうてい)と合流。
庖丁は,前方の小城から兵が出て陣を敷き始めており,左手の先の平地が広がる辺りが秦都・咸陽であろう,と。
進軍してくる李牧の響きに,春申君と項燕が率いる楚軍の気勢。
「ここに 俺たちが まっ赤に燃える炎の渦をぶっ立てると」と無名。
荘丹は「天地の間に達人を求め 天下の経穴を押して巡り やっとここまで来た!」
これまで秦と戦い,失われた無数の魂。
戦・力では,決して消し去ることのできない炎の命。
無数の命を大渦にして,時勢を奪う時が来た!
丹の三侠は,「いざ,秦の底をぶち抜くぞ」と誓います。
<無名(右)と庖丁(左)〜漫画アクション2022/6/7発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜まとめ〜
いよいよ,秦都・咸陽が目前。
思えば,ここまで長い道のりでした。
はじめ,荘丹の仕えていた小国が,秦の謀略によって滅亡。
かろうじて生き延びた荘丹は,天下の達人を集め,秦を打倒することを誓います。
庖丁,無名と出会い,「丹の三侠」を結成。
盗跖,朱涯,孟嘗君,平原君,信陵君はじめ,天下の名だたる名士と縁を得て,秦を倒すため奔走。
倒れても,倒れても,決して屈さず,無数の炎の命を連綿と繋いできた丹の三侠。
話は飛びますが,先日,映画「トップガン マーヴェリック」を鑑賞。
これが,じつに胸熱で,アドレナリン出まくり。
ドッカーンと脳がシビれるほど感動。
ただ,冷静に考えれば,36年前の前作が伏線として効いているものの,シナリオとして驚くような奇抜な要素は特段なし。
なのですが,「見せ方」「描き方」「持って行き方」がじつにうまい。
あと,やはりトム・クルーズはじめ,キャラクター造形が秀逸ですね。
2013年に連載開始した達人伝は,今年2022年で10年目。
着々と蓄えられてきたエネルギーが沸点に達し,クライマックスを迎えようとしています。
王欣太先生の「見せ方」「描き方」「持って行き方」の力量は,間違いなし。
「クレイジー」「セクシー」「クール」の各要素も,ふんだんに盛り込まれてくるでしょう。
次回以降の展開に,乞うご期待です!
<丹の三侠〜漫画アクション2022/6/7発売号「達人伝」より〜>
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