「達人伝」感想(第191話・独裁者の世に)

「達人伝」感想(第191話・独裁者の世に)

蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。

今回は「第191話・独裁者の世に」です。

戦国四君の最後の生き残り,春申君が熱い!

<秦王・嬴政(えいせい)〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

【目次】

達人伝〜函谷関制圧〜 

函谷関を突破し,前軍を率いて潼関を攻めるよう丹の三侠(あかしのさんきょう)に指示する,連合軍総司令官・龐煖(ほうけん)。

連合軍本隊は函谷関を完全制圧し,秦都攻撃の本営とする戦略。

 

場面は変わり,秦都・咸陽(かんよう)。

秦軍総帥の副官・蒙武(もうぶ)が帰還。国家緊急事態につき,至急,全武官を招集するよう進言します。

春申君率いる楚軍数万が武関・方面に進軍し,さらに敵は函谷関に迫っていると。

 

しかし,軍参謀事務官の長である長史・李斯(りし)は,「そんなことは疾うに伝わっている」。

「すべての関を無人にし 来る敵を皆引き入れてやれ」「それが王さまのご意向だ」と。

 

敵の侵攻を一切防がないのかと驚く蒙武。

李斯は,「秦の民に侵攻の恐怖を味わわせた後に敵を殲滅する」「政権への民の敬意と信頼を高め 改めて秦国への絶対的忠誠を誓わせるよい機会だ」と続けます。

 

しかし,父である総帥・蒙驁(もうごう)から,「戦況を知るおまえが主となり 都で対応策を講じるのだ!」と指示されていた蒙武は,上奏したい,王さまは今どこにいるのかと質問。

秦王は,郊外で引き入れた敵を皆殺しにするための軍を閲兵中であると,李斯は答えます。

<李斯と蒙武〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜秦王の戦略〜 

秦王の戦略が明らかになりました。

あえて国内に引き入れた上で,殲滅すると。

 

通常であれば,防備に適した関所で防ぐのが最も効率的かつ効果的。

しかし,あえて秦国内へ引き入れることで民に侵攻の恐怖を味わわせ,しかる後に敵を殲滅し,政権への敬意と信頼を高めるという,とんでもない戦略です。

一歩間違えば,首都陥落。

敵を殲滅できる絶対的な自信がなければ,実行できない戦略です。

 

敵を自国の奥深くまで引き入れて殲滅を図った戦争といえば,ロシア。

ヨーロッパ最強を誇ったナポレオンもヒトラーも,首都モスクワを目前にしてロシア侵攻に失敗しました。

ただ,私の理解では,ロシアがはじめから意図的に自国引き入れ殲滅戦略を採用したというよりは,結果的にそうなった,という方が真実に近いのではないかと。

かつ,ロシア特有の「冬将軍」という地理的条件がなければ,撤退には至らなかったでしょう。

 

冬将軍といえば,こんなジョークがあります。

かつて,エジプトのナセル大統領は,イスラエルと交戦。

エジプトと親しかったソ連は軍事顧問団を派遣し,酷暑のエジプトに極寒のシベリア仕様の塹壕や戦車を配備。

戦況が思わしくないナセルに,ソ連の軍事顧問団は言った。

「絶望しちゃいけません。待つことです。耐えることです。やがて冬が来る。冬が来れば雪が降る。雪が降れば,我々は経験豊富です!」

 

ちなみに,独ソ戦の死者数は,ソ連軍が約1500万人,ドイツ軍が約400万人。

民間人を入れると,ソ連は約2000〜3000万人,ドイツは約600〜1000万人。

当時のソ連の人口が約1億9000万人なので,国民の約10〜15%が死亡した計算です。

第2次世界大戦における日本(人口約7000万人)の死者数(民間人を含む)約300万人(約4%)と比べても,桁違いの凄まじさが伝わります。

それくらい,国内に引き入れて戦うのは,多くの犠牲を伴うのが通常でしょう。

 

さて,冬将軍ではなく,異民族軍団あたりを活用するのではないかと考えられますが,秦王の殲滅戦略とは,具体的にどのようなものなのでしょうか?

達人伝〜追撃の秦軍〜

場面は変わり,武関方面。

連合軍の春申君を追う秦将・黄壁(こうへき),桓齮(かんき),楊端和(ようたんわ)。

黄壁は2人に言います。

「麃公将軍に嘱望された君たちは 必ずや将軍職を掴まねばならない!」「以後は各各 将軍のごとく考え振るまい戦うのだ!」

 

敵情は常に自身で思い描くこと,敵の動きを地形,大気,鳥獣など,あらゆるものから推し量り続けるよう言われた桓齮と楊端和は,数万もの進軍なのに山間に砂塵が上がっていないことから,連合軍に停滞はなく,武関は既に抜かれたと推測。

さらに,細く伸びきった状態で進軍していること,進軍は遅いが追いついても追撃は難しいことを予想。

 

黄壁は,「そのまま策を考えよ」。

汗をかきかき考え抜いた2人は,武関の向こうへ回り込むしかない!と結論づけます。

3人は,猟師しか使わなくなった古道を行き,春申君の先回りを図ります。


<桓齮と楊端和を指導する秦将・黄壁〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜後進の育成〜

後進の育成は難しいもの。

特に,麃公(ひょうこう)のような天才タイプだと,ミスターこと長嶋茂雄氏のように「スーッと来た球をガーンと打つ」など直感的かつ抽象的な表現で,凡人には理解しがたい指導になってしまいがち。

その点,黄壁は秀才タイプと思われ,自身が悩み,考えてきたポイントや勘所を的確に伝えられそうです。

 

しかし,その場合でも重要なのは,一から十まで「答え」を教えないこと。

なるべく,自分の考える「答え」は控え,あくまで「考え方」「心構え」を説くこと。

自分の「答え」を押しつけると,「自分の頭で考える力」が育たず,自身の劣化コピーを作るだけでしょう。

 

方向性を示し,答えは言わない。

じっと待つ。

答えを言ってしまった方が簡単で早いものの,この「待つ」「耐える」という姿勢こそ,後進の育成の肝ではないでしょうか。

優秀な人材であれば,今回の桓齮や楊端和のように,自身では思いかない斬新で素晴らしいアイデアが出てきたりするもの。

個人の能力を最大限に活かし,組織の多様化,活性化を図る意味でも,「聴くこと」「待つこと」「尊重すること」は大事ですね。

達人伝〜春申君の危機〜

楚国宰相・春申君が率いる楚軍約5万。

無人の武関を抜き,両側に山が迫る細い道を進軍しながら,春申君は「秦は格段に気味の悪い国になった」。

人質として居た頃も,どんよりと息苦しい国であったが,今の秦国内の押し殺した呻き,すべては今の王の性質が要因であろうと。

呂不韋の才覚をもってしても制御できず,荘丹が予見していたとおり,あの秦王こそが天下を奪い,暗黒の世を生むのではないかと。

 

と,そこへ,山の両側から落石と共に桓齮率いる秦軍が襲いかかり,春申君の背後が塞がれます。

続いて,楊端和率いる秦軍が前方に現れ,春申君を護衛する将兵たちが瞬殺。

ひとり、取り残された春申君。

「抵抗すりゃ 春申君をぶっ殺すぞ!」と,楚軍を牽制する桓齮。

 

5万の大軍を率いていたのに,春申君,一瞬で詰んだ!?

<春申君に襲いかかる桓齮〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜最後の戦国四君

春申君の前に登場した秦将・黄壁。

上策の捻出と遂行を果たした桓齮と楊端和を労います。

「あなたには人質になっていただきます」「確か 秦の人質となるのは二度目でしたか」という黄壁に,「黄壁か その言葉遣い 中原の人間だな」と答える春申君。

 

次の瞬間,春申君はベーっと舌を出します。

気を呑まれる黄壁。

故国を捨てたのは先々のためであろう,しかし子や孫を秦という国に託せると本気で考えているのか?と問う春申君。

民草をひとりの王の専有物としていいのか?

秦王の独裁に加担し,さらにまだ天下を独裁者のものにするため戦うのか!?

おまえの子孫は,独裁のあげくの世を生きねばならぬのだぞ!と詰め寄られ,黄壁は激しく動揺します。

<舌戦を開始する春申君〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜春申君の激情〜

春申君の激情が爆発。

最初に舌をべーっと出すポーズ。

これは,以前にも登場したシーンですが,「俺はこの戦国の世を,剣ではなく舌で生きる者だ!」と強烈な自負と矜持を象徴するようで,いいですね。

ひとり包囲され,状況的には完全に詰み。

なのに,動揺をまったく感じさせない肝の太さは,さすが戦国四君最後の生き残り。

 

怒り。

春申君の激情の源は,「怒り」でしょう。

民草を酷使する独裁者のために働く愚かさ,むなしさ。

激しい怒りをぶっ放す春申君のこの絵,熱量が凄まじい。

天を指さす左手の絶妙な形と憤激の表情に,自身が問い詰められているようで,ハッと胸を突かれます。

<激する春申君〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜子々孫々の未来〜

春申君の激情は,そのまま,作者の王欣太先生の激情のように感じられます。

そうでなければ,このようなエネルギッシュな絵や台詞は描けないのではないでしょうか?

 

いつの時代も,人は食わねば生きていけない。

日々,食べていくことができ,子孫にとっても明るい未来が描ける社会であること。

これは誰もが願うことでしょうが,矛盾をはらむケースもしばしばあります。

 

たとえば,前回の190話で紹介された秦軍総帥・蒙驁(もうごう)。

蒙驁は,子孫のため,身を粉にして秦のために働き続け,子孫たちも出世して栄華を極めましたが,宦官の嫉妬から一族は滅亡。

これを,単なる権力闘争の結果と見ることもできますが,最近感じるのが,社会や組織が醸成する「雰囲気」の重要性。

 

「内向き」「下向き」「後ろ向き」の「暗い組織」は,ダメ。

「外向き」「上向き」「前向き」の「明るい組織」は,たとえ一時は厳しい状況でも,やがて好転していくことでしょう。

 

友人から聞いた話ですが,昨今の新型コロナ対応のため残業が月100時間,200時間を超える会社で,「必要とされているんだ!みんなで乗り越えよう!」と明るい「雰囲気」の職場はうまく回り,そうでない職場はバタバタ倒れていったとのこと。

 

秦は,優秀であれば他国からの人材登用にも積極的で,「外向き」ではあった。

法治国家として信賞必罰を明確にし,合理的な施策を打ち出し,おそらく「上向き」でもあったでしょう。

 

が,はたして「前向き」で「明るい雰囲気」だったのか?

秦王の「天下統一」という目標は,いわば号令というか,独裁者の権力欲に過ぎません。

天下統一の先に何があるのか?

そこに,人々が安心・安全に暮らせる豊かな暮らしや幸せはあるのか?

 

その具体のイメージがなければ,天下統一は統一のための統一にすぎません。

天下統一や統治継続だけが目的であれば,個性や特色を無視した効率重視の大量生産的,最大公約数的,画一的な施策が主となることでしょう。

それこそ,個人や個性の活力を削ぎ,「暗い雰囲気の社会」を生む原因となりかねません。

秦は,たった15年で滅亡。

おそらく,前向きで明るい雰囲気の社会ではなかったのでしょう。

 

翻って,現代の日本社会はどうでしょう?

残念ながら,「外向き」「上向き」「前向き」の「明るい雰囲気の社会」とは,個人的にはあまり思えません。

社会の雰囲気を醸成することは,リーダーの重要な役割のひとつと考えられ,やれ首相が悪い,やれ与党が悪い,やれ政治家が悪いと批判するのは簡単です。

 

しかし,彼ら,彼女ら政治家を選んでいるのは,他ならぬ私たちというのも事実。

まして,10代以下で選挙権のない子供や若者ならまだしも,20代以上の私たちは,現在の社会状況に何らかの責任があると考えるのが自然でしょう。

批判するのは,もちろん自由です。

ただ,現実を変えるため自身は何も行動せず,他人事のように批判するだけとしたら,無責任で美しくない態度と思います。

 

自分自身がリーダー的立場にいるなら,いや,たとえリーダー的立場でなくても,どのように考え,発信し,行動するのか?

ジョン・F・ケネディは,大統領就任演説で言いました。

「国家が諸君のために何ができるかを問わないで欲しい。諸君が国家のために何ができるのかを問うて欲しい」

 

春申君の怒りは,現代社会に対するアーティストとしてのゴンタ先生自身の「怒り」の発露かもしれません。

<激する春申君〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜大楚〜

黄壁率いる秦軍の背後から迫ってくる「大楚(タアチュウ)」の声。

楚の項燕が来援しました。

秦軍は,春申君の軍と項燕の軍に挟撃される形になりますが,春申君は両軍のど真ん中。

春申君と項燕,そして黄壁,桓齮,楊端和はどう対応するのか?

次回に乞うご期待です!

<来援した項燕〜漫画アクション2022/5/2発売号「達人伝」より〜>

 

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