「達人伝」感想(第186話・天が養なう力)

「達人伝」感想(第186話・天が養なう力)

蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。

今回は,「第186話・天が養なう力」です! 

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<荘丹(そうたん)〜漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

【目次】

達人伝〜荘丹の秘剣①〜 

前回は,荘丹が秘剣・絶界の上を行く「遊ぶがごとき剣技」を披露したところで終わりました。

おさらいはこちらから。

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今回第186話の扉絵をめくると,秦軍総帥・蒙驁(もうごう)が首元から胸にかけてクロスに斬りつけられ,落馬しそうになっています。

これ,扉絵の「荘丹がクロスに斬撃している絵」と対応しているんですね。

 

蒙驁に駆け寄る秦将・黄壁(こうへき)。

黄壁は蒙驁を支え,からくも荘丹の追撃をかわします。

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<荘丹の斬撃をかわし蒙驁を支える黄壁〜漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

 

さんざん苦しめられてきた蒙驁,さらに黄壁まで切り崩した荘丹に驚く連合軍総帥・龐煖(ほうけん),そして李牧(りぼく)と項燕(こうえん)。

 

黄壁は「そやつを止めい!斬り殺せい!」と命じるも,荘丹は無人の野を行くがごとく,スイスイと秦軍の中を突き進みます。

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<秦軍の中を進む荘丹漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

 

「函谷関攻略の第一手ということか龐煖!」と焦る蒙驁。

蒙驁の狼狽ぶりをありありと見てとった龐煖は,「敵陣を切り崩すなら今だ!」と決断。

「項燕将軍 李牧将軍は それぞれ函谷関を迂回し 嶢関(ぎょうかん) 湖関(こかん)に進軍せよ!」と指示を飛ばします。

 

驚く蒙驁と黄壁。

蒙驁は,ただちに前軍の麃公に知らせ,連合軍の五関攻めに対応するよう黄壁に命じます。

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<指示を飛ばす連合軍総帥・龐煖漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜荘丹の秘剣②〜

荘丹の秘剣・絶界も凄いですが,今回の秘剣(仮に「秘剣・逍遥遊(しょうようゆう)」とでも名付けましょうか)は,持続時間が長そうですね。

秘剣・絶界は,ひと仕事すると,息が上がってハアハアとなっていました。

 

荘丹は,なぜ秦軍の中をスイスイ進むことができるのか?

それは,殺気を放っていないためではないでしょうか。

明らかな殺意や敵意を持っていない場合,人はついつい見逃してしまいます。

 

武道の世界では「後の先(ごのせん)」という言葉があります。

相手が仕掛けてきた技に合わせて返す技のことで,レベルが上がるほど先に手を出したほうが不利となるため,相手に殺気や狙いを悟らせないよう細心の注意を払います。

荘丹の場合,攻撃してくるのではなく,ただ通り過ぎるだけなので,秦軍としても自軍の伝令が通過するくらいの気分かもしれません。

 

あるいは,往年の名力士が勝負強さのコツを聞かれた際に「相手が息を吐き切って,吸う瞬間に押し切る」という話を聞いたことがあります。

人間,息を吸う瞬間,どうしても力がゆるみ隙ができる。

 

対戦系スポーツを注意深く観察していると,心拍数が激増してハアハア息切れしておかしくない場面で,呼吸を乱さず涼しい顔をしているシーンがしばしばあります。

あれは,相手に疲労を見せずプレッシャーをかける心理的な意味もありますが,息を吐き切った瞬間に攻撃を仕掛けられるリスクを避けるためでもあるのです。

 

実際,私がバドミントンをしていた際,「なんともイヤなタイミングでサーブを打ってくるな」という人がいたのですが,その人は私が息を吐き切る瞬間を見計らって仕掛けていたそうです。

 

荘丹の秘剣・逍遥遊は,フン!ハッ!と瞬間的に息を止めたり吐き切ることなく,ゆるゆるとした呼吸をしながら殺気を放つことなく,狙いを悟られることなく,水が流れるような技と推察されます。

 

ふと,漫画「北斗の拳」のトキを思い出しました。

ラオウの豪快な「剛拳」に対し,しなやかに華麗に受け流す弟トキの「柔拳」はカッコよかったなあ(笑)

達人伝〜庖丁の進化〜

連合軍の右翼から攻め上がる庖丁(ほうてい)。

伯父貴の庖丁は,3年の修行で牛を捌く達人の境地に至りました。

 

庖丁は考えます。

戦場で数十年振るってきたこの剣を伯父貴の牛刀とみなすなら,牛を捌くがごとく戦場に向き合うならば。

天の摂理にまかせ,戦場のあるがままに従い,神(しん)をもって剣を振るうならば!

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<秦軍を攻撃する庖丁漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

 

「う〜んだめか…まだ進化はねえか…」と思ったものの,庖丁が剣を向けた先の秦軍の数人あるいは馬が血を吐いています。

「ん!?」と驚く庖丁。

荘丹に続き,庖丁も進化を遂げたようです!

達人伝〜新たな表現〜

庖丁が秦軍に剣を向ける上の絵,イイですね。

 

白黒を反転させる手法は,衝撃的なシーンなどで使われますが,1コマの3分の1ほど(庖丁)を普通に描き,3分の2ほど(秦軍)を白黒反転させることで,庖丁の進化した剣技が及ぶ範囲や影響がありありと感じられます。

コマの左下へ斜めにぶった斬る感じも,動きと流れが感じられて,イイ。

 

21世紀の現在,多くのアートにおいて,ありとあらゆる表現が考え尽くされ,「日の下に新しきものなし」。

では,いかにして新しい表現を生み出すのか?

他分野の表現を持ち込んだり,既存の表現を組み合わせることでしか,イノベーション(といったら少々大げさかしれませんが)的な新しい表現は生み出せないでしょう。

 

作者の王欣太先生は,とことん新しいものを創造することが好きで,逆にいうと,同じことを続けていると飽きてつまらなくイヤになってしまうのだろうと推察します。

ただ,それは,常に新しい表現,より良い表現を求めて格闘する困難な道でもあります。

 

以下は,ファンミーティングでゴンタ先生から聞いた話です。

蒼天航路」の最終回を描き終わり,夜11時から打ち上げが始まったものの,夜中3時にふと閃いて描き直したとのこと。

 

2019年ファンミーティングの感想はこちら。

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11年間に及ぶ連載が終了し,とてつもない解放感に浸っているその瞬間ですらも,「その先へ!」と至高の表現を求めずにはいられない性(さが)。

 

徹底したプロフェッショナリズムは求道者のそれですが,そこは大阪人のゴンタ先生。

孤独でつらい修行に励む修行僧のようなイメージではなく,荘丹の秘剣・絶界のように悠々と遊ぶがごときイメージ。

「これ,あかんかな?」「あれ,いいんちゃう?」とああでもない,こうでもないと自在に筆を遊ばせ,迫り来る締切のプレッシャーに苦しみながら,楽しみながら生み出すイメージです。

 

あくまで妄想です。ぜんぜん違うかもしれません(笑)

達人伝〜無名の進化〜

「生きてたいなら手出しはやめとけ!」と左翼を駆け上がる無名(ウーミン)。

無名は,昔から自覚的に進化させてきたものがあると言います。

 

それは,弓の達人・紀昌(きしょう)を真似た「視る力」。

動きながら動いているものをしっかり視て,かつ,視たものに瞬時に剣を直結させること。

さらに,相手の少し先の動きを視る力と,戦場を天空から視る力へ進化しようとしている。

 

荘丹と庖丁は,無意識に蓄積されてきたものが突然開花して進化を遂げましたが,無名は意識的にコツコツ地道に進化させてきたんですね。

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<秦軍を攻撃する無名漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜弓の名人・紀昌〜

久しぶりに登場しました、弓の達人・紀昌。

「第3話 紀昌」や「第95話 樹枝の矢」で登場した紀昌は,視る力を高めるとシラミがウマの大きさに見えるという達人です。

 

中島敦の短編「名人伝」の紀昌はおもしろい。

 

まず,まばたきをしない訓練を2年ほど重ね,錐で目を突かれても,火の粉が目に入っても,熟睡中もまばたきせず,とうとう,まつ毛とまつ毛の間に蜘蛛の巣ができてしまう。

次に,シラミをひたすら視る訓練を3年ほど重ねた結果,人は塔,馬は山,豚は丘,そしてシラミは馬の大きさに見えるようになった。

ものを射れば百発百中,100本の矢を速射すれば地面に落ちることなく1本の矢のようにつながり,ケンカした妻のまつ毛3本を射ても妻は気づきさえしない。

 

その後,新たな師匠につき,弓矢を用いないで射る極意「不射之射」をマスター。

以後,技を見せることは決してなかったものの,夜,雲に乗った紀昌が古の弓の名人と腕比べしている姿を見たとか,盗賊が侵入しようとしたが殺気に打たれて転落したとか,賢い渡り鳥は彼の家の上を飛ばないとか,評判は高まるばかり。

 

最終的には,「その道具どこかで見たことあるのですが,なんでしたっけ?」と弓矢の存在すら忘れ去ってしまったというシブいエピソードで締められています。達人伝が始まった当初は,紀昌のようなとんでもない凄腕でバラエティ豊かな達人を仲間として集め,ラスボス=秦をやっつけよう!というロールプレイングゲーム的な展開になるかと思いましたが,ちょっと違いました。

 

無名(ウーミン)という名が象徴的ですが,歴史に名を残さない非権力サイドの人物たち=流氓(りゅうぼう)がじつは歴史を動かしてきたというストーリーこそ,達人伝の本質であり,本流であり,本源であると理解しています。

達人伝〜麃公の助言   

無名の「戦場を天空から視る力」から,場面は華麗に秦前軍を行く麃公(ひょうこう)へ転換します。

 

「狼狽えるな!そんなことは想定の内だ!」と秦軍を叱咤する麃公。

麃公は,「わずか数年なのに 函谷関にいた頃がえらい昔のようだな」と懐かしみます。

現在,函谷関に詰める兵はおらず,門は開け放たれ,地方の女子供や老人まで墓陵造営などの土木作業に徴集されており,あれ程放置された閑職は今後存在し得ないでしょう,と王翦

 

「王の墓作りのために 女子供や年寄りまでこき使うのか!嫌な国だ!」「だが王翦 秦以外の国は早晩滅びる!おまえは あの嫌な国で生きていく他ない!」と麃公は言います。

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<秦将・麃公漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

 

麃公は王翦に,その才知としぶとさで秦の軍を生き抜き,頂に立て!頂に立てば,少しはましな気色も味わえるだろう!と激励します。

 

これは,現代のビジネスパーソンにも通じるひとつの哲学。

「現状がイヤだ」と,グダグダ不満を言ってもしかたない。文句を言ってるヒマがあったら,バリバリ仕事して出世して偉くなって,自分が思うとおりに組織を変えてやればいい,という考えです。

 

史実では,後に王翦は秦軍トップとして君臨することになるので,麃公先輩の助言にしたがって順調に出世した「エリートタイプ」といえます。

一方の麃公は,「この会社はイヤだな」と見切りをつけて転職を図る「キャリアチェンジタイプ」といえるでしょう。

 

たしかに,廉頗(れんぱ)のように国を転々としてキャリアチェンジした例はありますが,はたして麃公センパイの転職はうまくいくのでしょうか?

達人伝〜まとめ  

秦軍に迫る連合軍の項燕と李牧。

そこへ,秦将・黄壁が前軍の麃公に伝言に来ます。

 

状況を聞き,麃公は王翦を湖関へ,黄壁が桓齮と楊端和を指揮して嶢関と武関へ行くよう指示。

「承知した 殿(しんがり)の総帥は深傷を負われている!函谷関は頼んだぞ!麃公将軍!」という黄壁に,「おう」と答える麃公。

 

閑職・函谷関時代からの仲間である王翦,桓齮,楊端和を全力で激励し,爽やかすぎる麃公のこの表情。覚悟を決めたようなやや不穏な印象を受けるのは,気のせいでしょうか?

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<秦将・麃公漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

 

が,麃公は「征けい!函谷関の仲間達!上がってこい敵の左右両翼!俺の函谷関でぶっ潰してやる!」とノリノリでもあります。

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<秦将・麃公漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

 

一方の連合軍も,荘丹,庖丁,無名の「丹の三侠」が三者三様の進化の途上にあり,絶好調。

さあ,秦軍vs連合軍の展開はどうなるのでしょうか?

次回をお楽しみに!

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<丹の三侠漫画アクション2021/12/7発売号「達人伝」より〜>

 

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