「達人伝」感想(第187話・函谷関迫る!)

「達人伝」感想(第187話・函谷関迫る!)

蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。

今回は,「第187話・函谷関迫る!」です! 

 

作家の丸谷才一いわく,文章を書く心構えは「景気よく,威勢よく,書くんです」。

今回の第187話は,いつもに増して,景気のよさ,威勢のよさを感じます!

 

扉絵の「俺の楽園はどこだ!!」という秦将・麃公(ひょうこう)も,いかにも自由を愛する麃公らしくていいですね!

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<秦将・麃公〜漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

【目次】

達人伝〜王翦の決意〜 

王翦よ おまえはその才知としぶとさで 秦の軍を生き抜き 頂(てっぺん)に立て!」と麃公の言葉を思い出す秦将・王翦(おうせん)。

王翦は,「麃公どの!あなたこそは 軍の頂に立つに十分な器量を備えている人だ!」

 

しかし,麃公は元来,信賞必罰のガチガチの法治国家で能力を絞り尽くす秦とは性が合わず,栄達にはまるで関心がない。

これからも,自身の才能と力は,気儘に暮らすためだけに注いで生きてゆくのだろう。

麃公には学ぶ所はまだまだあるし,憧れもある。だが,袂を分かつ時がきたのだ。

 

「秦がこの先 いかに苛酷な国になろうとも この王翦必ずや上り詰めてみせます!しぶとく!用心深く!」と王翦は誓います。

 

紳士と流氓(りゅうぼう)。

公権力のスタンスで生きていくのが紳士,自由のスタンスで生きていくのが流氓。

歴史に名が残るのが紳士,残らないのが流氓。

これは人生に対する考え方,価値観の違いであって,どちらが正しいというものではありません。

 

呂不韋(りょふい)のように,もともと商人という流氓の立場から,秦の宰相という紳士へ転身する人もいます。

あるいは,以前,達人伝に登場した秦将・王齕(おうこつ)は,最後は流氓になりたいと願って逝き,廉頗(れんぱ)も趙国の大将軍という紳士の地位を捨て,魏国へ去ります。

 

人類の歴史を考えれば,もともと国家や権力などなかったので紳士は存在せず,いわば全員が流氓。

やがて集団で暮らすようになり,農耕生活が始まり,組織として生きていく中で,全体のために貢献する役割を果たす人間=紳士が現れた。

 

現代において,紳士が存在しない社会は原始時代に戻ることと同じであり,ちょっと想像できません。

しかし,あらゆる人々が国家の枠組みの中に高度に組み込まれ逃れられない印象もあり,自由気ままに生きたい人々は息苦しさを感じていることでしょう。

 

前述のように,紳士から流氓へ転身することもあり,その逆もまたしかり。

ひとりの人間の中に,「紳士成分」「流氓成分」の双方が混じっています。

王翦は紳士度が高く,麃公は流氓度が高い。

自分の紳士度,流氓度の割合を考えてみるのも,面白いかもしれません。

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<秦将・王翦漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜王翦vs李牧〜

湖関(こかん)を目指して進撃する連合軍右軍の李牧(りぼく)。

李牧は考えます。

 

未だかつて,秦はこれほど幾重もの戦略によって攻め立てられたことはないだろう。

何より五関攻め!

それに対応せざるを得なくなった秦の動揺ははかりしれず,そしてじきに秦都咸陽(かんよう)は初めて戦の恐怖を味わうことになる!

暴戻なる虎狼の国秦は,天下の義心が放つ攻撃に震え戦くことになる!と。

 

さあ,秦軍・王翦vs連合軍・李牧。

漫画キングダムでもしばしば対決する王翦と李牧ですが,達人伝ではどのような展開が描かれるのでしょう?どちらに軍配が上がるのでしょう?

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<趙将・李牧〜漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜黄壁vs春申君〜

秦軍前左軍を率いる秦将・黄壁(こうへき)。

黄壁は,桓齮(かんき)と楊端和(ようたんわ)に伝えます。

 

麃公という人は見た目は怪し気だが,信を置くに足る人物と見た!

それゆえ私も君たちの力量を信じることにする!と。

 

「はあ…」と戸惑う桓齮。

楊端和が「うむ?」「項燕を追うのでないのですか?」と黄壁に尋ねます。

「武関に向かう」「春申君を捕らえれば 項燕は動けなくなる」と答える黄壁。

さらに,「君たちの手柄はこの黄壁が保証しよう」と続けます。

 

おっと,これは連合軍にとって誤算ではないでしょうか。

1つは,秦軍は,項燕と春申君それぞれに軍を分けて差し向けると思っていたのに,春申君のみに軍を集中させること。

さらに,将軍格ではないとはいえ,黄壁の下には桓齮,楊端和という麃公子飼いの実力者が揃っています。

 

もう1つは,黄壁の傲慢と思えるほどの自信。

以前,黄壁は秘剣・絶界を発動した荘丹(そうたん)に軍へ突っ込まれたり,李牧と一騎打ちしたことがありましたが,神がかった用兵や超絶武技を発揮したわけではありません。

 

が,ここまで言うからには,相当の自信があるのでしょう。

たしかに,「黄壁vs項燕」ではなく「黄壁vs春申君」の構図に持ち込んだ時点で,黄壁の「技あり」。

春申君は全体の指揮は優れていても,局地戦や個の武が秀でているわけではないので,危ういような気がします。

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<秦将・黄壁〜漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

達人伝〜龐煖の懸念〜

連合軍本隊を指揮する総司令官・龐煖(ほうけん)。

迫る函谷関を前に,龐煖は考えます。

 

信陵君から託された者たちが,戦いの炎を繋いでここまで来た。

そして,ここからだ!

秦軍総帥・蒙驁(もうごう)よ,満身創痍でありながら,よくぞ後軍を強固に整えた。

だが,もはやその手腕ひとつで御し得る戦ではない。

函谷関は必ず抜く!

この戦はそこから始まるのだ!

 

ただ,気懸りは,まだこの本隊に戻ってこない廉頗将軍と盗跖軍…

それに,邦(バン=劉邦)の姿もみえん!と。

 

で,ページをめくると,劉邦の前に衝撃の光景が広がります。

ことごとく首を刈り取られた盗跖軍の惨状を前に,劉邦は呆然とします。

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<呆然とする劉邦漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

 

右側の胸から上が裸の遺体,これ,盗跖一家の背がひときわ高く,顔の長い,あの人物ですよね。

両胸の刺青を見て,ハッと気づきました。

「魁(かい)の兄貴」はわかるのですが,この方の名前はコミックを遡って調べても見つけられず,なんだか申し訳ない……

おそらく,気はやさしくて力持ちの不器用なタイプと思われます。

 

ふと思い出したのが,映画「007 ムーンレイカー」に登場するジョーズという悪役(リチャード・キール)。

主役のジェームズ・ボンドロジャー・ムーア=186cm )が子供に見えるほどの巨漢で,それもそのはず身長2m18cm,体重143kg。

 

巨体を活かした怪力無双ぶりに加え,鋼鉄でできた銀色の歯を持ち,ワイヤーだって鎖だって噛み切り,襲ってきたサメも噛み殺して返り討ち。

列車から投げ出されようが,車ごと崖から落ちようが,不死身。

何度でもターミネーターのように甦り,幾度もボンドの行手を阻みます。

 

ところが,このジョーズ,意外とおっちょこちょいで憎めない。

動きが緩慢なためボンドにみすみす逃げられたり,「やれやれ,逃げられちまったぜ」と持ち上げた岩を落としたら足に直撃してイタタ!となったり。

 

そして,ジョーズは少女と出会って恋に落ちます。

終盤,目の前のボンドを殺すよう命じられるも,彼女と目線を交わし,命令を拒否。

悪役が,まさかの愛による改心。

 

女たらしのボンドが,なんだかんだありながらミッション達成するのは007シリーズのお決まりなので,作品全体の感想はハイハイという感じですが(なかなかツッコミどころ満載で楽しめます),このジョーズの改心シーンはちょっと感動しました。

このようなストーリー展開になった理由は,ジョーズ役のリチャード・キールの人柄があるかもしれません。

 

ボンド役のロジャー・ムーアや監督はじめ,制作スタッフが口を揃えて語っていたのは,「彼ほどやさしい人はいない」。

だからこそ,このような「救い」が描かれたのかもしれません。

 

ちなみに,同じ殺し屋が2作品連続で登場し,かつ,ボンドに殺されなかったのは後にも先にもキールのみだそうです。さて,盗跖一味の刺青の大柄な人物も,キールと同じように「不器用でやさしい愛されキャラ」だったのではないでしょうか。

 

義のために,名もなく死ぬ。

それこそ,歴史に名を残さぬ「流氓の本懐」といえるかもしれません……

達人伝〜俺の函谷関〜

秦軍本体の先鋒を行く麃公。

後方から連合軍が追ってくるはずなのに,気配がしない。

いや,そうでもない。

気を潜めて狙っておるな!どっちからくる!?

右!いや左もか!と,連合軍の庖丁(ほうてい)と無名(ウーミン)を迎え撃ちます。

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<庖丁と無名を迎え撃つ麃公〜漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

 

剣を向けられると鼻や口から血を噴き出す庖丁の秘剣により鼻血を噴き出しつつ,麃公は「うはっ」「わははっ」と楽しそうに迎撃。

左右両方から同時に迫る攻撃に,一歩も引けを取りません。

 

「うむ?おおっ 覚えておるぞ 一度剣を交えたな!」という麃公に,「ああーやっぱり,強いな麃公!」と返す無名。

気を通じ合わせ,再び攻撃を仕掛けようとする二人に,麃公は「おまえ達は見違えたぞ」と言いながら,機先を制する斬撃を繰り出します。

 

「これほどの腕前だったか 褒めてやろう ふたりともたいした武だ」「だが 他の地ならば抜けたかもしれんが ここは無理だぞ」「なぜならここは 俺の函谷関!」

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<函谷関目前の麃公〜漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

 

が,ここで麃公は,背後に不穏な気配を感じ取ります。

荘丹(そうたん)が秘剣を発動させ,静かに真後ろから迫っていました!

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<荘丹を待ち受ける麃公〜漫画アクション2022/1/4発売号「達人伝」より〜>

 

前回,秘剣・絶界を披露した荘丹に,完膚なきまでに敗れた麃公。

しかも荘丹は,秘剣・絶界のさらに上を行く秘技をマスターし,あの秦軍総帥・蒙驁すら手玉に取りました。

はたして麃公は,荘丹と互角以上に戦えるのでしょうか?

 

たしかに,地の利は麃公にあるでしょう。

ただ,函谷関まであと数百メートルという地点まで来ており,左右両側に崖が迫っているものの,戦場から撤退してきた状況的に,伏兵や落石や一発逆転の罠があるとは考えにくい。

しかも,麃公が守っていた頃とは異なり,函谷関の守備兵は少ないはず。

 

函谷関には,何かとんでもない一撃必殺の「陥穽の罠」があるのでしょうか?

あるいは,「俺の函谷関!」と言うとおり,「ホームだから負けるわけにはいかねえ!」という気合いの問題なのでしょうか?

達人伝〜まとめ〜

今回の第187話は,なんと見開き2ページが3つもありました。

それ以外にも,1ページを丸々1コマで使ったり,2コマ程度にしか分割しなかったり,1コマを大きく使っていると感じました。

 

絵心ゼロの私ですが,漫画週刊誌を毎週5誌程度,作品数にして毎週25〜30作品ほどを並行して20年以上読んでおり,厳密な比較分析をしたわけではありませんが,これほど贅沢なコマ割りをする作品は珍しいと思います。

他に,贅沢なコマ割りをする漫画でパッと浮かぶところでは,宮下英樹先生の「センゴク」,板垣恵介先生の「範馬刃牙」,三田紀房先生の「アルキメデスの大戦」あたり。

 

まず,画力に自信がなければ,1コマあたりのサイズは小さい方が無難。

また,ともするとあれもこれも詰め込みたくなり,1コマのサイズは小さくなりがち。

 

しかし,王欣太先生の作品は,物語の展開や情報量はしっかり担保しつつ,大胆なコマ割りでインパクトを与え,「論理」と「感性」のバランスレベルが非常に高いと感じます。

 

これは,私自身が陥りがちなワナですが,他者に対してアウトプットする際は決して「論理」一辺倒ではダメ。

一見,「論理」重視だと,筋道立っており,正しくて,何も問題なさそうですが,「論理だけ」だと,まるでつまらなくて,肝心の大事なことが伝わらない。

 

一流の達人は,しっかり「論理」は抑えていますが,あるところから「飛ぶ」んですね。

その「飛躍」の仕方にこそ,作者の「感性」すなわち「センス」の妙味が現れるものであり,楽しみがい,学びがいがあります。

と,また,論理的でつまらないことを書いてしまいました……

 

さあ,次回は,王翦vs李牧,黄壁vs春申君,麃公vs荘丹の戦いが描かれるのでしょうか?

乞うご期待です!!

 

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