サザンカンフォート〜甘く優しい追憶〜

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【目次】

 

サザンカンフォート 満たされぬ日々】

出会いと別れの季節に蘇る記憶があります。

今から約20年前、社会人駆け出しの私は新聞社で企画・運営を行っていました。

土日は本番、平日はその準備という忙しい日々。

その合間を縫って、やれ飲み会だ、やれ合コンだと遊び倒していました。

しかし、心が満たされない。

サザンカンフォート Bar】

飲み会や合コンが終わると、私はひとり別れを告げて終電に乗り、学生時代を過ごした京都へ。

クラブへ行き、むせ返るような熱気と喧騒の中、飲み、踊り、興じる。

そうして2、3時間過ごしてから、学生時代から通っている行きつけのバーへ。

 

オールバックに横長の眼鏡、ちょび髭、蝶ネクタイ、ベストという装いがよく似合う一見ぶっきらぼうなマスターが静かに出迎えてくれます。

いつもカウンターの端に座る私から話すことはあまりなく、マスターから話しかけてくることもほとんどありませんでした。

サザンカンフォート シャム猫のマリ】

代わりに、アルバイトの気のいいスタッフがタイミングよく話しかけてくれました。

特にマリさんは、とても大学生とは思えない、シャム猫のような悠々凛然のたたずまい。

細やかな気づかいと絶妙な距離感を持つ、人気の女性スタッフでした。

お客さんから口説かれたり、「そんなツンツンした態度じゃ客商売に向かないぞ!」とからかわれたりしても、超然とした態度を貫き、私の方を向き「うるさくて、ごめんなさいね」と気づかう余裕すら見せていました。

 

「マスター、この子の教育はどうなってるんだ?」と客が文句を言っても、マスターも心得たもの。

「これがこの子の良さ。教えて身につくものじゃない貴重な資質ですよ。お客さんもそこが好きなんでしょ?」と、笑って取り合いませんでした。

 

振りあげた拳のおろし場所に困った客が、「君は彼女とどういう関係だ?」と私にからんできて、そこから社会人とはかくあるべし、などのご高説をよく聞かされたものです。

私は時折苦笑しながら、じっと話を聞いていました。

サザンカンフォート 妊娠】

ある時から、ぱったりとマリさんの姿を見かけなくなりました。

妊娠して辞めたとのこと。

シャム猫のように毅然として誰にも媚びないあの子が、突然、誰かを好きになり、子を産むのか?と衝撃を受けました。

 

マスターも「しょうがないね」と言いながら、少し気落ちしている様子でした。

後任のアルバイトスタッフは、いかにも今どきの大学生といった感じでおもしろみはなく、気のせいか客足も落ちている気がしました。

サザンカンフォート 疲弊】 

それから数ヶ月が過ぎ、私は疲れ切っていました。

その日も終電で京都へ向かった私は、クラブへ行く元気もなく、木屋町を流れる高瀬川のほとりで桜を眺めていました。

夜桜でも撮ろうとカメラを持ってきたものの、まったく思うように撮れない。

 

大きな障害にぶつかっているわけではないが、目の前の川を流れる桜の花びらのように、流れに身を任せているだけ。

別に自分じゃなくても、仕事なんか回って行くだろう。

日々に倦んだ。飽いた。疲れた。

もう、どうでもいい。

サザンカンフォート マスター】

無意識にバーへ向かい、いつものカウンターの端席に座り、いつものように黙って飲んでいると、めずらしくマスターが話しかけてきました。 

失礼ですが、あなたは自分の長所に気づいていますか、と。

こんな僕の長所ですか?と自嘲気味に聞き返すと,マスターはグラスを拭く手を止め,まっすぐ私の目を見つめながら言いました。

 

「人の話を聴く力。初対面の酔っ払い、親しい友人、誰に対しても途中で口を挟まず、じっと耳を傾ける。しらふのときも酔っているときも、楽しそうなときも寂しそうなときも、いつでも変わらない。20年以上この仕事をしているが、その若さでそれだけ聴ける人は見たことがない。マリさんも、そう言って信頼していましたよ」

サザンカンフォート 救い】

そして「ぜひ飲んで欲しい」と、マスターが最も愛するというサザンカンフォートのロックが出てきました。

特別ルートで仕入れた、ジャズの発祥地・ニューオーリンズ生まれのフルーツリキュール。

 

「マスターがお世辞とはめずらしいですね。でも、ありがとうございます。なんだか救われました」と,サザンカンフォートの甘くやさしいハーブの香りをじっくり、ゆっくり噛みしめました。

サザンカンフォート サタデーナイトフィーバー】

数ヶ月後、バーでイベントが開催されました。

私が知る限り、そのような企画は初めて。

その名も「サタデーナイトフィーバー」。

テーブル席の椅子とテーブルをすべて撤去し、壁に大型スクリーンを映し出してダンスフロアと化す1夜限りのイベント。

 

マスターの肝煎り企画だったので友人を誘って行ったものの、閑散とした様子。

ダンスフロアでは、マスター1人が軽快なステップで踊るのみ。

ミラーボールの照明が映し出すその背中は、いつもの静かなイメージを覆す躍動感に溢れ、同時に一抹の寂しさを伴っていました。

サザンカンフォート 異動】

それからほどなくバーを訪れると、 マスターが替わっていました。

売上減のため、大阪店へ異動になったとのこと。

個人経営のバーと思い込んでいましたが、企業経営のバーだったのです。

 

私は茫然とし、ダンスフロアで1人踊るマスターの後ろ姿を思い出しました。

あれはマスター最後の意地、最後の打上げ花火だったのか。

サザンカンフォート また会う日まで】

以来、京都のあのバーには行っていません。

いつかまた、訪れる日もあるかもしれません。

あの2人が、変わらぬ笑顔で出迎えてくれそうな気がします。

そのときは、サザンカンフォートを。

 

 

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