達人伝(王欣太)第163話「即位の儀」感想

【目次】

達人伝あらすじ

中国の春秋戦国時代

 

天下統一を目指す秦に故国を滅ぼされ,親友を殺された荘丹(そうたん)は,秦の野望を砕くことを決意。
 

志をともにする仲間2人と出会った荘丹は,戦国四君(斉の孟嘗君,趙の平原君,魏の信陵君,楚の春申君)の助けを得ながら,秦に対抗する力を蓄えていく。

 

2代続く王の死に揺れる秦に対し,魏の信陵君を盟主に,五国連合軍が結成。

荘丹たちは,少年・邦(バン)=のちの劉邦とともに決戦の地へ繰り出す! 

 

ひとことでまとめるなら

 

冷徹で安定した体制の樹立を図る「紳士」(=公権力を持つ人々)と

その阻止を図る「流氓」(りゅうぼう=さすらい歩く人々)

 

の戦いの物語。

 

作者は,従来の三国志観にパラダイムシフトを起こした伝説的名作「蒼天航路王欣太(キングゴンタ)先生。 

 

蒼天航路の魅力について100倍くらい書きたいことはありますが(笑),胃もたれしない程度にまとめた感想がこちら。

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王欣太先生とは,20年くらいずっと会いたい!と願っており,2019年に実現。

 

気難しくて,怖そうな先生かと勝手に想像していたら,気さくでサービス精神あふれる,気のいいおっちゃんでした(笑)

 

でもやっぱり超一流のクリエイター!と尊敬できる素晴らしい方。

  

ちなみに,「王欣太」は中国人ぽい名前ですが,「蒼天航路」に取り組んだとき中国人になりきって描くぞ!と勢いでつけたペンネームだそうで,ばりばり,コテコテの関西人です(笑)

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達人伝とキングダム

「達人伝」は,「キングダム」(原泰久先生・集英社)とほぼ同じ時代。

(正確にはキングダムの数十年前)

キングダムは,主人公の信が秦王・政とともに天下統一を目指し,成長・活躍していく王道の物語で,アニメ版・実写版が映画化されている人気作品です。

 

キングダムは,最新の連載誌までひととおり読んでおり,物語の展開も迫力ある画力も素晴らしい作品と思いますが,個人的には「蒼天航路」以来,王欣太先生の大ファン。

 

キングダムとほぼ同じ春秋戦国時代を描きながら

 

・史実に残らない流氓(りゅうぼう)が歴史を動かす斬新な視点

・権力や支配体制にあらがい,自由を追求して連帯する精神

・史実を押さえつつ,予想を遥かに超える解釈と描写

水墨画調はじめ,自由闊達でのびやかな画風

・命を超えて受け継がれる熱い「侠」の魂

 

などの点において

「達人伝」は「知性と感性を圧倒的に刺激する大人向けの作品」です。

  

もちろん,人それぞれ好みの違いはあり,誤解のないよう補足しておくと,キングダムが子ども向けというわけでは,決してありません(笑)

 

ある意味で,描き尽くされた「王道路線の歴史もの」のレッドオーシャンで,おもしろく描いて多くの人に受け入れられることは,難事中の難事であり,正義であり,素晴らしい。

 

私自身,純粋に楽しむエンターテインメント作品という意味で,キングダムはめちゃくちゃおもしろいと思います。

 

とはいえ,総合的にはキングダムより断然「達人伝」推しなんですけどね(笑)

  

キングダムを読んだり,観たりしたことがある方は,「達人伝」と「キングダム」の共通点や違いを比較する観点から楽しむのも,おもしろいと思います!

  

【達人伝公式サイト】

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【無料で読める「達人伝」ダイジェスト版】

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マキャベリを地でいく秦王・政

「王さまが崩御なされた」と告げる秦の丞相・呂不韋

臣下たちは,立て続く3人の王の死に「なんと…」「まさか…」「またしてもかーーー」。

 

国をまとめあげる責のある呂不韋は,空前絶後の事態に際して,挙国一致で万難を退けねばならぬ!と危機感を煽り情緒的,悲観的な感情に訴えることで一枚岩になることを要請します。

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<前王の死を告げる丞相・呂不韋漫画アクション2020/8/18号「達人伝」より〜>

 

ところが,秦王・政は,呂不韋がつくったウェットな空気をあっさり破壊。

 

王としての初仕事は,王室侮辱による死罪発令,呂不韋の人事発令に対するダメだし,自身が認めた麃公(ひょうこう)の将軍への抜擢。

  

君主論」でマキャベリは「君主たるものは悪は最初に見せつけ,自らの権力を誇示すべきである」と説きます。 

 

組織というもののの堅固さ,目に見えない空気感というのは,想像以上に強固で抗いがたいもの。

 

「まずは様子見しよう」などうかうかしていると,組織や空気感にたちまち取り込まれ,リーダーシップを発揮する機会を逸することがしばしば。

 

かといって,あまりに理不尽かつトンチンカンな方向性を打ち出すと,「暴君」「勘違い」とレッテルを貼られ,周囲がついてこない。

 

すぐれたリーダーは,就任早々インパクトのある施策を敢行し,その権力,影響力を内外へ誇示するものであり,政は鮮烈なスタートダッシュにまず成功したといえるでしょう。

 

悲壮で重厚な空気を描きながら,それを鮮やかにぶち壊すことで政のキャラクターを浮き彫りにする王欣太先生の描き方は,さすがの一言です。

政の天下統一宣言

政の布告は,最強の国として天下統一を目指し,そのため武力を最優先するというもの。

 

ここで興味深いのは,政の「天下統一」という思想です。

天下統一という思想は,古代中国人が普通に抱きうる概念だったのでしょうか?

 

有史以来,春秋戦国時代まで中華が統一がされたことはなく,広大な中国大陸は各地域が乱立,共存するのが「通常の状態」だったのではないでしょうか?

 

たとえば,およそ400年後,三国志に登場する諸葛亮孔明が説いた「天下三分の計」。

 

これもざっくりいえば,「出遅れた劉備が巻き返して中華統一など無理!」「天下を3つに分け,おこぼれを狙っていきましょう!」「分立・共存で十分です!」 という戦略です。

 

あるいは,私の地元・仙台の伊達政宗にも有名なエピソードがあります。

 

政宗は,「あと20,30年生まれるのが早ければ,豊臣秀吉徳川家康と互角に渡り合えたのに!」と悔しがったと言われますが,じつはこれは後世の脚色。

 

政宗に天下に対する野心はなく,奥州のローカル領主として満足していたという話があり,私はこれが事実に近いのではないか?と思います。

  

なぜなら,当時はとにかく食糧生産事情が不安定で,日本の戦国時代は小氷河期にあたり,天候不順のため慢性的な不作だった,という説があります。

 

最優先すべきは飢饉や天災に対処して領民や家臣を飢えさせず,安定的に統治すること。 

天下統一とは,目下の切実な問題をはるか向こうへ飛び越えた夢物語。

 

よほどぶっ飛んだ思考回路を持つ者でない限り,夢想することはあっても,本気で目指す者は極めて少なかったであろう,と考えられます。

  

春秋戦国時代においても,たとえば,魏の信陵君や楚の春申君は天下統一を目指していたでしょうか?

 

自国が滅びぬよう秦の一強を食い止めながら,各国が共存できればそれでよし。

戦国四君はじめ,ほとんどの人間はそう考えていたのではないでしょうか?

 

しかし,政すなわち始皇帝という人物は,天下統一という明確な意志を持っていた。

 

列強各国の中で突出する強国・秦というバックグラウンドがあったとはいえ,天下統一を目指す思考そのものが,政の「異質」「破格」ぶりを物語るのではないでしょうか? 

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<秦王・政〜漫画アクション2020/8/18号「達人伝」より〜>

信陵君の背中を追う少年・ 邦

信陵君のもとへ食事を届けようとした少年・邦(のちの劉邦)は,函谷関の秦軍とひとり対峙する信陵君の背中に圧倒されます。

 

「強くなりてえ でっかくなりてえ まっ赤な龍になりてえ だから俺はまず この人の背中を追っかけるんだ」

 

史実において,若き日の劉邦は信陵君と出会って尊敬しており,のちに魏都・大梁を通るたびに信陵君の祭祀を執り行ったといわれます。

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<信陵君の背中を見つめる少年・邦〜漫画アクション2020/8/18号「達人伝」より〜>

 

文学者で武道家内田樹氏は,「いるべきときに いるべきところにいて なすべきことをなすこと」が大切といいます。

 

当たり前のようですが,ふだんはいるのに大事な時にいない,大事な時にその場所にいない,大事な時,大事な場所にいたのになすべきことをなせないという後悔は,痛恨の極み。

 

いや,むしろ,そのような場合の方が多く,この言葉は「天の時,地の利,人の和」の重要性と通じるものがあります。

 

信陵君は,数十年ぶりに連合軍が立ち上がったその時に,秦の喉元・函谷関において,連合軍総帥として秦軍と対峙。

 

いるべきときに,いるべきところにいて,なすべきことをなす信陵君の圧倒的に大きな後ろ姿は,劉邦に計り知れない多くを教えたことでしょう。

 

人は,人との出会いによって変わる。「外的偶然,内的必然」という言葉があります。

 

外見上は偶然に見える出来事でも,それまでの経緯をよくよく振り返ってみると必然であったという意味です。

 

劉邦も,田舎のお山の大将として生涯を終えたかもしれないところ,信陵君との出会いによって必然的に決定的な影響を受け,偶然的な将来の方向性が定められたのかもしれません。 

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<信陵君と少年・邦〜漫画アクション2020/8/18号「達人伝」より〜>

まとめ

秦は政の即位によって政権交代を果たし,天下統一に向けて唸りを上げて始動。 

丞相・呂不韋の影響力は低下し,新たに法家・李斯の台頭を予感させます。

 

さすがの蒙驁(もうごう)先生は,即位の儀でもただひとり冷静な表情をしていましたが,引き続き,秦軍総帥を務めるのでしょうか?

 

麃公さんは,愛すべきマイペースぶりを発揮していましたが,きっとこれからは将軍としてその能力を搾り取られるのでしょうね(笑)

 

一方の五国連合軍は,秦を倒すには別方面からの同時侵攻が必要であり,一度帰国すると春申君が話しており,函谷関攻めは解散となりそうな気配。

 

庖丁の料理は,絵から匂いが漂ってきそうで本当に美味しそう!

当時どのような食材,薬味,調理法を用いて料理を作っていたのか,興味津々ですね。

 

続く,第164話「因果の咆哮」の感想はこちら!

中原の英雄・信陵君が,秦の宰相・呂不韋が,新たな決断を迫られます!

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前回のあらすじと感想はこちら!

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